中津のお散歩スポット
中津市。そこは北を波穏やかな周防灘に洗われ、南を耶馬日田英彦山(ひこさん)国定公園の山々に守られています。その中を山国川という日本でも有数の急流一級河川(流域平均勾配1/365)が貫いて流れていて、当地の景勝地の多くはその急流によって彫刻されたものです。その一端をご紹介しましょう。 春夏秋冬、お休みの日に家族で楽しくお散歩する場所は周囲に事欠きません。
八面山

中津市近辺ならどこからでも直ぐ解る独特の形をした標高659mの山。市街地からおよそ10Km、道路は頂上まで舗装されているので気が向いたときのお散歩ドライブにうってつけ。元日にはここで初日の出を拝む人も多い。頂上付近に「大池」という池もある。 画像は左から頂上付近、大池、中腹から市内を望む。
競秀峰(青の同門)

左画像の切り立った崖(競秀峰)の足元に今も禅海和尚が手掘りしたトンネルの一部が残っている。ここが菊池寛の小説「恩讐の彼方に」後半部分の舞台、禅海は村人の難儀を見て手掘りを決意したという。山国川は名だたる急流なので、増水すればこの崖に阻まれて右岸の川上・川下の間は通行途絶しただろうことは容易に想像できる。
日本最長の石橋 (耶馬渓橋)

禅海和尚が、人をあやめた後悔の念から只ひたすらノミを振るって隋道をうがった史跡「青の洞門」のそばに、日本一長い石橋がある。大正末期に3年掛かりで作った116mの八連アーチ、山国川に架かる石橋の内でこれは代表格。今でも立派に供用されていて人や車が普通に渡れる。
意外な人のお墓 (後藤又兵衛)

史実を知る人には意外に思われるかも知れないが、彼のお墓が中津の奥、伊福というところにひっそりと立っている。彼は朝鮮の役や関が原や大阪夏の陣などで大活躍した豪傑、その夏の陣で討ち死にしたとされているが、一説には縁故を頼って中津へ落延びたが、後に豊臣家廃嫡の便りを聞き自刃したと伝えられる。
羅漢寺

全国羅漢寺の総本山という格の高さを誇る。山門・本堂は切り立った崖に身を寄せるような珍しい建て方、それに続く洞窟には3700体以上と言われるさまざまな表情の石仏が安置されている。必ず自分に似た石仏がいるとか。
溪石園

昭和50年、耶馬溪ダム建設の際に掘り出された12万個の石ともみじなど落葉樹を中心とした3万本あまりの樹木を使って造られたダム下の庭園。レストランでは予約すればオープンエアでバーベキューが楽しめる。
深耶馬溪

九州の中でも飛び抜けて人気の高い紅葉の名所。ゆっくり歩けば渓谷往復約1時間、狭い渓谷の空を覆い隠すほどの紅葉と巨石を縫う清らかな水流が堪能出来る。秋のシーズンには他県からどっと人が押し寄せる。意外と知られてないのが春の若葉。層を成すみずみずしいもみじ若葉とカジカの鳴き声に心が洗われる。
魔林 (まばやし) 峡
山国川上流の山国町から英彦山(ひこさん)へ向かう国道496号線沿いの渓谷。大雨の時は濁流が生き物のように岩を噛みながら狭い峡谷を躍り下り、あたかも魔物のように見えたことから名付けられた。渓谷沿いに遊歩道が設けられている。この少し上流には下でご紹介する猿飛千壷峡がある。
猿飛び千壷(せんこ)峡

同じく山国川上流、国道496号線に沿う渓谷。川床に露出した岩盤の小さなくぼみに落ち込んだ小石を早い流れがその場でくるくると転がし、長い年月を掛けて大小無数の甌穴が出来た。水量の少ない時にはそれがよく見える。国指定天然記念物。

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